石巻 追分温泉
お部屋 帳場の階段を上がってすぐのところ

峠の入り口は北上川が海へと注ぎ、葦が河口を埋め尽くす素晴らしい景色に出合える。

 

五感で北の味が楽しめる貴重な宿

 

峠の一軒宿

「この道でいいのかな――」。
初めてここを訪れたとき、地元の人に教えられた峠の細道に不安を覚えながらたどり着いたのは、懐かしい木造校舎のような建物だった。天然記念物・イヌワシが生息する翁倉山の麓に湧く、峠の一軒宿。

 

平成の湯治場

日曜日の日中にたどり着いてみると、日帰り客でにぎわっている。若いカップルから親子連れ。1週間の湯治に来ているというおばあちゃんたちは自分の過ごしやすい場所を確保してすわり、喋り、寝そべる。思い思いに昼下がりを過ごしている。
空は青、山は緑。のどかだ。日本から湯治という文化が消えてしまったのかと思っていたら、こんなところに、老いも若きもが集う湯治場があった。

 

裸電球に照らし出された木の館。木造の宿命で、人が歩くと軽く振動がるのも一興。客室をつなぐ廊下を歩くと戸を開け放ってある部屋がいくつかあり、布団に寝そべりおしゃべりするのがちらりと見える。

 

榧(かや)風呂は檜を上回る風格

浴室の戸を開けると、樹齢500年を超えるという総榧で組まれた浴室が出迎える。木風呂好きには喜悦の光景。主人は根っから温泉好きで、八甲田山にある酸ヶ湯の千人風呂が大好きなのだ。
そのため、当初は青森から本場のヒバ材を取り寄せることで話が進んでいたが、地元でとれる榧(かや)という素晴らしい木材に出会い、この風呂が出来あがったのだ。ちなみに榧で作った碁盤は最高級品。と、そんな能書きなくともこの榧のお風呂には檜を上回る風格がある。

 

風呂場に地元の声が行き交う。あまりに達者で、おじいさんに話しかけられても何を言ってるのかよく聞き取れない。まぁ、風呂場では笑顔さえあればコミュニケーションには事足りる。

 

三陸の味の宝庫

山の中でありながら、すぐそばは三陸の海。ここは食材の宝庫。ずらり並んだその料理、いや正直言って驚いたのはその味のほう。日本料理店で腕を磨いた主人自ら板場を仕切る料理は、素材重視の料理で。既製品を一切使わないスローフードな宿。さらに品数も量も圧巻。楽しみにしていた釜飯にたどり着くころには体を後ろに傾けてやっとやっとであった。

 

あわびやうに、タラバガニなどの炭焼きは追加注文。予算に応じて用意してもらえる。この日は焼きタラバガニ、アワビ、ウニ、そしてアワビのバター焼きをたのみ、地酒を横に侍らせた。

 

この宿泊料金でこんな料理をだせる秘訣はその食材にある。多くの食材は流通ルートを通らず、知り合いが持ってくる。魚などは漁師さんの船ごと仕入れる。そういう付き合いが財産だと、ご主人は語る。
「大きな宿ではないですが、お客さんみんなにご挨拶するのはできません。だからせめて自分がつくる料理で、もてなしの心が伝わってくれれば・・・・・・」と根っから料理人らしい。

 

秋刀魚はわが家の語り草

ここは鄙びをも洗練に変える気取った宿ではない。濃厚な地元。個人も団体もウェルカム。階下から聞える笑い声。子どもの頃家族で行った湯治場の記憶が、よみがえる。歓楽的大宴会場の音ではなく、耳を傾けていると、微笑ましい気分になった。湯治場の夜は早く、やがて階下もすぐに静かになった。真実の土地に触れた心地した。
あくる朝、ホーホケキョで目が覚めた。朝食は大広間。団体客と一緒だったためか、市場のごとくにぎやか。ただし個人客が肩身の狭さを感じるわけではないのが、この宿の不思議な空気。どんな客も分け隔てなくみーんな一緒なのだ。
ここで食べた秋刀魚はわが家の語り草になっていて、季節になると決まって、「そういえば追分の秋刀魚が・・・・・・」と話題になる。
今回は旬を少しはずしていたがそれでも存分旨い。ごはんも旨い、シジミの味噌汁ぷっくりとした身の厚さ。味も豊か。

生々しい地元

「カラオケも置かず、団体も断って・・・」そんな宿にしようかと考えた時期も合ったが、それでは地元のお客さんが来れなくなってしまう。「今まで育ててくれた地元の方に申し訳が立たない。」との言葉どおり今では、地元の空気が満ちた宿。
湯治客と旅行客が同じお風呂に入って、同じ宿で一夜を過ごす――。
濃厚な、生々しい地元を垣間見た一夜であった。

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