1日5組。家族的なほっこり宿

 

木の葉越しに見える洗練の古民家

まだチェックインする前だというのに、ロケーションだけですっかり物語りに引き込まれていた。奥三河、沢音、手つかずの自然。鼻先をくすぐる春の日、緑の苔を透かして流れる渓谷で野鳥がチチチと鳴く。

槙原渓谷にそって茶畑と農家の点在する細い山道の先、繊細に揺れる木の葉の向こうに洗練の古民家が見える。玄関周りをサムエ姿のスタッフが落ち葉を掃除していている。

 

沢風が清々しい

石畳のスロープをつたい深呼吸ひとつ。打ち水された凛とした宿へ足を踏み入れる。吹き抜けのロビー。高い天井を仰ぎ見ると、縦横に巡らされた太い梁の重厚感。

 

物腰のやさしいスタッフにホッとして、客室へ通される前にまずはテラスで一服。抹茶と菓子を頂く。沢風が清々しい。1日5組のリゾートに知らず背筋がのびるが、「あきるほどのんびりしてください、わが家に居るつもりで」ときいて、安心して心を任せていいと気づく。

テラスの前は律儀にまっすぐ伸びた杉林で、その遠く下のほうに渓流を透かす。その一角には露天風呂の離れ棟が立ち、椎茸を作っているらしい丸太が見える。ふーっと長くついた息は杉林に吸い込まれ、渓谷に消えていった。

 

開湯1200年の湯谷温泉から車で数分。3300?の広大な敷地。「おわら風の盆」という情緒豊かな踊りで有名な富山県八尾から、江戸末期の庄屋2棟を移築してオープンしたのが平成13年のこと。

 

「建物からインテリアまでとことん自分で納得できるものを」と主人、女将の長年の夢であった宿。腕のたつ棟梁に依頼し、4年がかりで取り組んだものらしい。

 

 

板長の遊び心に戯れる

料理は、京風懐石料理。別棟の食事処にアミューズな演出と素敵な器で頂く。

照明を落とした食事処、向こうのほうからぼんやりと明かりの灯ったものが運ばれてくる。「きれいねぇ」。となりのテーブルから聞こえてくる。蓋をとると、これが八寸。

杯ほどの漆器3皿に、親指の先ほどの品が12品。ミニチュアな世界に微笑む。椀物が沸き立った心を鎮める。品のいい黒い輪島塗の椀の中には、薄味に徹したささやくような味。するすると喉を過ぎていく。覚醒と沈静の間を行き交う。

本格懐石ならば邪道とされるような演出を、なんの躊躇もためらいもなく、さらりとやってのける、軽やかなセンスの料理長。根底にあるのは出汁のとりかたのまじめな懐石だ。

気張った懐石料理かと思っていたら、ほっこり自由な料理。

今度は花火がついているではないか、うれしいがどうして花火が? このさい理由なんてどうでもいいじゃないか。種明かししすぎると楽しみが減るので、この辺で。

 

 

川を見下ろす檜風呂と岩風呂

食後に風呂へ。竹林を分ける石段を踏みわたって下ると、川を見下ろす位置に檜風呂と岩風呂。連れとここで分かれる。

夜の帳が下りると幽玄の様相。ライトアップされた杉木立は地下から長く長く、後ろに立つものは闇に飲み込まれている。竹格子のようだ。

腹ばいになったり肘をついて谷を眺めたり。俗世間から切り離されたようなこの入浴、言葉が見つからないほど心地いい。

 

湯船を満たすびわ湯は宿の周囲に生えるびわの木の葉を湯に浸したもので、皮膚病などに薬効がある。

風呂上りには、冷えたびわ茶とかきおどしというお茶が用意されていてうれしい。

 

 

宿の空気、和やかなこと

朝食の後、テラスで珈琲を頂いた。この朝の心地よさは何ものにも変えがたい。思えば前日、スロープを歩いて玄関に入ったあの緊張感はものの5分で消え去っていた気がついた。宿の空気、なんと和やかなこと。

この宿には“手馴れた仲居さん”のような方が居ない。和やかに、でも一生懸命心つくしてくれるスタッフがいる。この宿にもてなしの何たるかをみた。だから、この休暇中、心すべてをこの宿にあずけても大丈夫だと思った。

 

 

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